F39)C&Cで世界をつなぐ(その1)小野田勝洋

C&Cで世界をつなぐ  小野田勝洋

目次:
1.学齢期
2.NEC入社
3.社会貢献
4.シニアライフ

本文:

1.学齢期
1-1 小学時代
 毎月本屋が小学館の学習雑誌と子供の科学の本を届けてくれるのを楽しみにしていた。特に付録が楽しみだった。紙細工の組み立てや、学習小物が楽しかった。なぜか数台の目ざまし時計が家にあり、何度も分解組み立てをした。並み四ラジオで父はFENやクラシックを聴いていた。
 六年生の頃、電電公社勤めの叔父が鉱石ラジオをプレゼントして呉れ、大阪の科学博物館に連れて行ってくれた。鉱石ラジオにはまり、クリスタルイヤホンを耳に寝た。鉱石は半導体ダイオードに変わり、安定性は増したが、音量はあまり変わらなかった。6年生の時は先生がクラスの自主性に任せて下さり、学校の教材、学習スライド等を皆で見て新しい情報に触れた。
1-2 中学時代
 先生方が皆意欲的な方々で、放課後は音楽室にあったハイファイでクラシックのレコードを皆でかけた。英語は本格的な発音で授業は英語の歌を楽しんだ。学芸会は生徒で脚本を書き演劇をやった。
1-3 高校時代
 物理部に入り、暗室で写真の現像を楽しんだ。
1-4 大学時代
 計測工学科に一期生として入学し、産業の基本となる計測を物理・電気・制御等多方面から学んだ。

2.NEC入社
2-1 中央研究所
 東京オリンピックの年にNECに入社し、何がやりたいか聞かれ、何でもやりますと言って、電子機械研究所配属になり、早速研究所の研究に使う共同利用のコンピュータの設計試作、運用を担当し、コンピュータの端から端まで学んだ。先代のパラメトロンコンピュータNEAC1101を運用し、試作機の当時の超高速トランジスタコンピュータNEACL2を運用した。また、製作調整の終わったトランジスタコンピュータNEACL3の共同利用運用を開始した。浮動小数点・リアルタイム制御のコンピュータで広く研究用に使われた。
2-2 NECシステム研究所
 米国ボストンにNECが研究子会社を置き、NECシステム研究所とした。そこに8年間弱出向した。コンピュータやネットワークの黎明期で米国の先端動向を広く学んだ。
2-3 C&Cを進める
 出向から戻り、NECで社長直属の部門でC&Cを推進することとなった。広くNEC全社と関わりを持ち、営業支援や海外活動、マーケティングと幅広い活動を体験した。

3.社会貢献
 定年となり、NECの社会貢献団体であるC&C振興財団でC&Cに関わる研究者への助成やC&C賞に関わった。
 その後、経験者を必要とするとのことで日本郵便の年賀寄附金助成事業へのアドバイザーとして助言を行った。

4.シニアライフ
 フルリタイア後は地域ケアセンターでパソコンや写真のボランティア活動を行い、地域のお役に立てることを楽しみにしている。

(了)

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リンク:
HP http://hamato.at.webry.info/201411/article_1.html
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